こうすれば、自然農が分かる!農業日記!

このブログは本気で農業に興味ある人だけに、読んで欲しいです。理由は「読み続けなければ理解できない」からです。続ければ…効果は出ます。

気づきのあった体験談 3

f:id:Roguwan:20180927195432j:plain
 
むかしむかし、はるか大昔のはなしです。
 
 
「人間は心と体でできている!」
 
 
だから、本当の自分はどこにいるのか、瞑想をつかって探してみたんです。
 
 
すると、ゆっくり肉体を観察していくと、「体」が存在するのではなく。
 
原子があつまった「集合体」を、
「自分の体」と呼んでいた。
 
 
そして、体だと感覚があるのは、せいぜい皮膚の表面と内臓くらいでした。
 
 
また、
 
 
「すごい美人、声かけたな」
「お前なんかじゃ相手にされないよ」
「でも、こんなチャンスもうないよ」
「今ままでモテたことないじゅないか」 
「どうしょう…」 
 
 
という頭の中の声も…
 
 
全部、別の「私という存在」が、しゃべっているんだよね。


だったら、
 
 
「そのしゃべっている者は、一体誰何だろう?」


という疑問がうかびました。


さらに、観察していると内面の物質も、外の物質もおなじような性質がある。

秋の空も心の感情も、形をかえていずれはさっていく。


ので、
 
 
「物体には、固定的な実態がない」
 
 
といえる。
 
 
しかし、実態がないからこそ、多種多様な世界が楽しめるのです。
 
 
そこでいくら観察しても体にも心にも、
自分というものは何処にもいなかったんです。
 
ので、さいごに残ったものが、魂だったんですよね。


どうやらこれが、「本当の私」である。
 
 
魂の特徴には、生じることも、滅することもない性質があった。

そして、きたないとかキレイ、という感覚もないかったんです。
 
 
なおかつ、なにかを得たり、自分は欠けるんだという感覚もなかった。
 
 
「永遠不変の実在」
 
 
である。
 
 
だからこそ、本当の自分だけが、唯一の変わらない存在だとわかると。
 
その他は実態がない。世界だということが見えてくる。
 
 
すると、悟りも無知もないのだから、そのために悟ることないし。
 
老ることも死もないのだから、そのために何かすることもない。
 
 
ゆえに、苦しみも、その原因もないのだから、それを救う必要もないことになる。
 
 
「また、その方法もいらないのである!」
 
 
それぞれが、
 
 
「完璧な存在なのです!」
 
 
だからこそ、賢者はなにも知ることもなければ、なにも得ることもない。
 
また、心には何のさまたげもなく、さまたげがないから恐れがない。
 
 
さらに、あらゆるまちがった考え方から、縁遠いので心は安らかなのです。
 
 
「これが、知恵の完成!」
 
 
といえる。
 
 
つまり、ぼくがむずかしい修行をして、身に付けたことといえば。
 
 
「葉は青く、花は美しい!」
 
 
といことでした。


今まで身についた知識や経験、先入観からはなれることで。

ありのままをありのままに、見えるようになったのである。